実家での小さな発見から考える

実家に帰るたび、毎回何かしらの発見があります。

 

今回もみつけた

実家に帰るたび、毎回なにかしらの発見があります。

「発見」と聞くと前向きで楽しい印象がありますが、実際は少し違います。
この「発見」は、これまで当たり前にできていたことが、少しずつ難しくなっていると気付くことです。

今回の帰省でも、そんな出来事がいくつかありました。

できていたことが、少しずつ難しくなる

母の用事で銀行へ行き、お金を下ろしました。

最初はみていなかったので気付かなかったのですが、暗証番号を間違えたようでした。
2回目、隣で見ていると、指がすべって余計な数字が入力されてしまい、それに気づかないまま確定してしまいエラーになりました。

あわてて私が代わりに操作して無事お金をおろすことができました。

そのとき、出っ張りのないボタンを正確に押すことは、母にとって思っている以上に難しいことなのだと感じました。

また同じ日、浴室を掃除しようとしたときのことです。

つぶれかけた詰め替え用のシャンプーとコンディショナーがそのまま横たわっていました。
ボトルもすぐそばにあるのに面倒だったのかなと思いながら詰め替えました。

「詰め替えたよ」と声をかけると、「よく見えなくてうまくできなかったから助かった」と母が言いました。
その言葉に、「そうだったのか」と思いました。

自分もいつか通る道だと感じる

こうした出来事はひとつひとつは大きなものではありませんが、確実に「できないこと」が増えていく過程なのだと思います。

「こども叱るな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ」という言葉を、子どもの頃、道ばたの看板で目にしました。そのときはよくわからなかったのですが、今はその意味がしっかり理解できます。

遠い未来の話ではなく、いずれ自分にも起こることです。
だからこそ、気付いたらさっと手を貸してあげられたらいいな、と改めて思いました。

■編集後記
いよいよ5月となりました。これから事務所はまた繁忙期に突入します。
この分だと今年もあっという終わりそうな予感です。
記事担当:相馬