この二つの出来事で、家族が言っていた言葉を思い出しました。
私は「よりよい選択」をしていたつもりでも、相手から見れば
「どこにいるかわからない」「話が違う」という不安を生んでいたのです。報連相は、正しい判断をするためだけのものではなく、安心して動くためのものなのだと実感しました。
判断を変えるときこそ、報連相。
そのひと手間を忘れることのないようにしていこう、と心に決めました。
■編集後記
昨日は家族が時間を指定した荷物が届くので夜7時までに帰宅する必要がありました。
指定していなくても何度も配達してもらうのは気が引けるので、なおさら間に合うように帰宅しました。
が、私が都合をつけて当たり前、という家族の空気についてはそろそろ見直してもいいのでは、と感じています。
(記事担当:相馬)